瀬戸の十二ヶ月 (秋冬)|水野このみさん|2026年9月
2026.09.01
岐阜県中津川市に生まれ、瀬戸に嫁いで36年。
「せともの」という言葉の由来にもなった愛知県瀬戸市は、1300年にわたり、やきものとともに歩んできた町です。水野このみさんは、瀬戸に暮らし始めたのち、30代で瀬戸窯業技術専門学校に通い、絵付けを学びました。
当時、町の中心を流れる瀬戸川が、陶土を含んで粘土のような色をしていたことが、今も強く印象に残っているといいます。川の色にまで、やきものの町の日常が映し出されていたのでしょう。近年、駅前にあったやきもの工場は次々と廃業し、その跡地にはマンションが建つようになりました。瀬戸は、名古屋や豊田へ通う人々のベッドタウンとしての顔も持ち始めています。
千年以上にわたり、土と火とともに歩んできた町は、いま、かつての面影を残しながら、少しずつその風景を変えています。


長男を授かったことを機に、自宅でできる針仕事を始めました。針仕事の師匠は?と訊ねると「和裁を得意とし、着物をこよなく愛した母です」と語ります。
その後、華道のよき師にも巡り合い、現在は嵯峨御流の正教授として、花と向き合っています。一年をかけて花を育て、身のまわりに咲く花を生ける。野にある花や木の姿を見つめ、その持ち味を生かしながら、風情あるかたちへと導いていく…それが、水野さんにとっての「お稽古」です。


季節の移ろいに寄り添いながら、花を生け、布を選び、針を運ぶ。生け花と手仕事、二つの世界を行き来する日々のなかで、水野さんならではの作品が育まれてきました。作品に込められた思いと、その背景にある瀬戸の暮らしを、一年の季節とともにご紹介します。
そして今、水野さんの針仕事にも、また新しい季節が訪れようとしています。


九月|月を愛でる
九月を迎えても、瀬戸はまだ残暑のなかにあります。夏の暑さに疲れた庭の花や木をいたわり、少しずつ手を入れていくころです。
半袖で過ごす日が続く一方で、水野さんの手仕事は、ひと足先に秋へと向かいます。長袖のシャツを縫おうと、しまってあった布を取り出し、その布に合う型紙を探します。
やがて、栗が地面に落ちはじめます。栗を見ると思い出すのは、子どものころ、岐阜・中津川にあった叔父の栗山を手伝ったこと。拾った栗で「栗きんとん」を作るのも、この季節の楽しみです。おいしさの秘訣は、渋皮をほんの少し残すことなのだそうです。
空が澄み、月が美しく見えるころ。月形の花器には夏櫨(なつはぜ)を、水盤には藪蘭(やぶらん)を生けます。水面に映る月を愛でた昔の人々の風習に、ほんの少し思いを重ねながら。

十月|石蕗の花を待つ
籠の花器をしまい、銅器や土ものの花器へ。身のまわりのしつらえを、少しずつ秋冬のものへと入れ替える季節です。
庭では、石蕗(つわぶき)が花開くのを待っています。まだ蕾のうちに一枝を切り、織部の花器へ。生けた蕾がゆっくりとほどけ、鮮やかな黄色い花を咲かせていく姿を愛でます。
かつて、水野さんが夢中になった手仕事は刺し子でした。その興味はやがて刺繍へと広がり、いまでは身近に咲く草花を図案に起こし、針と糸で表すことを楽しんでいます。
今回選んだのは、庭に咲く石蕗。花が開くのを心待ちにする気持ちを、小さな図案に映しました。一針ずつ刺繍をほどこし、秋の気配を宿した箱に仕立てます。
このころには、夏の着物をしまい、冬の着物へと衣替えをします。手元にある着物のほとんどは、母から譲り受けたもの。なかでも特に好きなのは大島紬です。身体によく馴染み、「とにかく着心地が良いの」と語ります。
九月から縫い始めた長袖のシャツも、そろそろ仕上がるころ。涼しい風が心地よくなれば、近くの低山へ出かけ、移りゆく木々や野の草花を眺めながら、ゆっくりと散策を楽しみます。

十一月|冬の澄んだ空気と青空
庭の木々も近くの山々も色づき、空気が少しずつ澄んでいきます。
色づいたイタヤカエデを、黄瀬戸の花器へ。秋の深まりとともに、花や葉を受け止める器の色合いや質感も変わります。
やきものの町・瀬戸には、身近なところで花器を探す楽しみがあります。窯業を学んだ経験から、器を手にすると、つい細部のつくりまで見てしまうという水野さん。織部や黄瀬戸など、気がつけば瀬戸で作られたものを好んで選んでいます。
この季節の刺繍は、幾何学模様のクロスステッチです。空気が澄みわたる冬だからこそ、針を運びたくなる水色があります。静かに重なる小さなステッチを、冬の空気を映したような水色の箱に仕立てました。
そろそろ、しまってあった毛糸も取り出します。残っている毛糸の量を確かめ、一つひとつ色を合わせながら、今年は何を編もうかと思いを巡らせます。

十二月|新しい年を迎える
粉引(こひき)の肩張りの花器に、南天とコシダを生けます。赤い実と緑の葉を合わせた、クリスマスをほんの少し意識した室礼です。
この時期の刺繍箱には、エチオピアの十字架(クロス)をもとにした文様を刺しました。日本の季節に寄り添って暮らしながら、針仕事には遠い国々の文様も取り入れます。
アフリカを訪れたことはありませんが、2005年、瀬戸市とその近隣を会場に開催された愛知万博で、子どもたちと一緒にアフリカの国々のパビリオンを巡りました。それがとても楽しく、以来、アフリカの文化に心惹かれるようになったといいます。
手仕事をするときには、ブラックミュージックやフレンチポップ、ボサノヴァなど、さまざまな国の音楽を聴きます。針を運ぶ速さや手を動かすリズムも、流れている音楽によって少しずつ変わるような気がするそうです。
冬のよく晴れた日には、瀬戸から遠く御在所岳や御嶽山を望むことができます。水野さんが好きなのは、一年のうちで最も空気が澄みわたる冬。
日が短くなるにつれ、夜なべの編み物にも勢いがつきます。
十二月十三日は「事始め」。この日から、新しい年を迎えるための正月支度が始まります。梅の枝を生けるのも、このころから。梅の柄の帯や着物を取り出し、装いにも、ひと足早く春を迎える準備をします。
年末の掃除では、仕事場にしている離れを整えるのも大仕事です。布や毛糸、刺繍糸を一つひとつ整理しながら、少しずつ正月料理の支度にも取りかかります。
水野さんによれば、瀬戸では大晦日の夜、年越しそばではなく、蛤のお吸い物をいただく習慣があるのだそうです。
一年の暮らしと手仕事を整え、過ぎゆく年を見送りながら、新しい年を迎える準備をする十二月です。

一月|寿ぐ(ことほぐ)
新しい年を迎え、正月の花は「宝船」。
銅の舟形の花器に、華やかな花々を宝に見立てて乗せ、新しい一年の始まりを寿ぎます。年が明けて初めて花を生けるときには、自然と身が引き締まります。
正月に用意するおせち料理のなかでは、黒豆が家族に人気で、毎年すぐになくなってしまいます。
華やかな正月の室礼とは対照的に、針仕事には色を抑えた静かなものを選びました。新しい年もまた、花を生け、針を持つことから始まります。
寒さの深まる一月は、一年でもっとも針仕事がはかどる季節です。自分で編んだセーターを着て、編み物をしたり、気分を変えて刺繍をしたり。ときどき手を休め、コーヒーを淹れて、ほっとひと息つきます。
注文を受けた仕事とは違い、自分のために作るものには期限がありません。急がず、慌てず、その日の気分にまかせて手を動かします。
故郷の中津川では、元日の朝、家の当主が誰よりも早く起き、井戸から新しい年の水を汲む習慣がありました。その水で湯を沸かし、お茶をいただいてから、家の女性たちが起きてきます。
当時は当たり前の正月風景でしたが、今振り返れば、それは日々家のことを担う女性たちを、元日だけでもゆっくり休ませようとする、ねぎらいの心だったのかもしれません。

二月|春を待つ
銅の薄端(うすばた)花器に、葉蘭を生けます。
「いけばなは、葉蘭に始まり、葉蘭に終わる」とも言われます。葉蘭は、一年を通して艶やかな緑の葉を楽しめる常緑の多年草。春になると、株元にひっそりと花を咲かせます。
薄端いっぱいに水を張り、葉蘭を生ける。花のない静かな景色のなかに、葉の線と水面によって、凛とした緊張感を表しました。
寒さの残る二月は、自作のセーターがいちばん活躍する時期です。いまでは軽くて暖かな防寒着もありますが、やはりウールのセーターのぬくもりが好きで、手放すことができません。
編み物をするのは、眠りにつく前のわずかな時間。一枚のセーターを編み上げるには、およそ二か月かかります。ひと冬に仕上げられるのは、二枚ほどです。
その一方で、長い時間をかけた刺繍の大作にも取り組みました。さまざまな色の糸を、少しずつ重ねていく。刺繍だけでも半年ほどを費やし、最後はバッグに仕立てました。
まだ寒さのなかにありながら、心はすでに春へと向かっていたのでしょうか。自然と手に取ったのは、明るく鮮やかな色の糸でした。
花のない葉蘭の静かな緑と、春を待つ色鮮やかな刺繍。二つの手仕事のなかに、冬の終わりと、近づく春の気配が重なります。

花を生け、布を選び、針を運ぶ。
水野さんの作品は、特別な何かを求めて生まれるのではなく、季節とともに営まれる日々の暮らしから、少しずつ形になっていきます。
急がず、慌てず、花が開くのを待つように、一針ずつ。
水野さんの手仕事は、これからも瀬戸の季節とともに、静かに重ねられていきます。
水野このみさん|嵯峨御流正教授・袋師・仕覆作家・お針子作家|2026年9月
聞き手・文 古賀るみこ(RMKK₊管理人)
【過去の作品】文末に水野さんからのお知らせがあります。























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【水野このみさんよりお知らせ】Instagram @ragazza_sarta
現在、仕覆や刺繍作品の制作には、お時間をいただいております。新たなご注文を積極的にお受けしているわけではありませんが、内容や納期によってはお引き受けできる場合もございます。ご希望の方は、まずはご相談ください。
〈ご相談いただけるもの〉
・刺繍のみ
・刺繍の巾着袋仕立て (上記画像のタイプ)
・古帛紗
・出帛紗
・数寄屋袋
なお、制作には十分なお時間を頂戴いたします。あらかじめご理解くださいますようお願いいたします。
【次回予告】
風の来る街で30年|富森由美子さん(ギャラリー風来店主)
【Journal・過去の記事】
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