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風の来る場所で30年|富森由美子さん|2026年10月

2026.10.01

 1997年、日本標準時子午線が通り、磯の香が漂う街・兵庫県明石市に誕生したギャラリー風来は、2026年11月の企画展を最後に、約30年にわたる営業を終えます。器や布が好きで店を始めたという店主の富森由美子さんは「一日一日があって、30年だった」と語ります。開業までの道のりと、これまでの歩みを振り返っていただきました。

 富森さんは、薬剤師として働いた経験はありましたが、商いはまったくの未経験でした。三人の子育てにひと区切りがついた頃、「これからは、自分が打ち込めることをしたい」と考えるようになったといいます。そこで思い浮かんだのが、以前から好きだった器や布を扱うギャラリーのような店を開くことでした。

 自宅のある神戸市須磨区より東へ向かえば、三宮、元町と神戸の中心となる繁華街があります。商売の初心者が、自分らしく運営できる店をと考え、それならば、西の方へ。

 そう考えていた折、知り合いの会計士さんに、「器や布などを扱うギャラリーのようなはじめたい」と相談すると、会計事務所の隣が、阪神・淡路大震災の後、空いているのでそこでやってみてはと勧められました。震災で半壊に近い店舗を借り、店ができるまでに修復することから始めたと言います。

 とはいえ、それまでとはまったく異なる世界へ踏み出す決断です。店を始めたい理由や、これからの人生についての思いをご主人に理解してもらうため、長い手紙をしたためたそうです。

「後にも先にも、あれほど長い手紙を書いたことはないわ」。そう話して、富森さんは楽しそうに笑います。

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 ご主人の理解と承諾を得ると、開業に向けて動き始めます。最初に訪ねたのは、以前から作品が好きだった滋賀県在住の陶芸家・植松永次さんの工房でした。

 そこはとても心地よい空間で、訪れた富森さんのもとに、ふわりと気持ちのよい風が吹いてきたといいます。その瞬間、店の名前が浮かびました。「そうだ、ギャラリーの名前は『風来』と書いて、『ふうき』にしよう」。訪れる人にとっても、心地よい風が通り抜けるような場所になりますように。そんな願いを込めたのだそうです。

「それが不思議と、すごくいい流れの始まりだったように思うの」。富森さんは、当時を振り返ってそう話します。

 植松さんが、陶芸家の内田鋼一さんを紹介してくださり、内田さんから、小野哲平さん(陶芸家)へ、小野さんから。服づくりの早川ユミさんへと繋がり、ひとつの出会いが次の出会いへとつながり、まるで風に乗るように自然に整っていったといいます。

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 そうした縁に導かれるように、風来の歩みが形づくられていきました。

「東京や大阪まで足を運ばなくても、明石でさまざまな作品を見ることができる」。そんな店を目指し、常設展示に加えて、月に一度の企画展も開催しました。企画展のたびに多くの人が訪れ、店内はいつも賑わったそうです。

 店を続けるうちに近所の人々と親しくなり、街に暮らすさまざまな人たちとの出会いも生まれました。そうした自然なつながりのなかから、気がつけば、風来は作品を紹介し販売するだけではなく、人が集い、言葉を交わす、地域の文化サロンのような場所へと育っていきました。

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 風来が軌道に乗る一方で、富森さんの心には、もうひとつ気にかかっていることがありました。

 日本海に面した豊岡市竹野町(兵庫)には、富森家に代々受け継がれてきた、築300年になる先祖の家がありました。その家を、これからも残していかなければならない。富森さんは、そう考えていたといいます。

「修復しても、使わなければ意味がない」

 では、どうすればこの家を生かすことができるのか。富森さんは、石見銀山(島根)を拠点に「群言堂」というブランドを育て、古民家や地域の再生にも取り組んできた松場大吉さんに相談しました。

 松場さんと対話を重ねるなかで、この家が人が集う場所にしていこうと思いがかたちになり、ギャラリー風来の別館として開き、期間限定の催しを開くことにしました。

 やがて、明石や神戸の友人たちに、「豊岡へ遊びに来て。いいところよ」と声をかけるようになります。

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 すると、手伝いを申し出て、一緒に豊岡まで足を運んでくれる友人も少しずつ増えていきました。豊岡における新たな活動の始まりでした。皆で連れ立って豊岡へ向かいお布団を敷いて寝る時間は、「まるで大人の遠足のようだった」と、富森さんは当時を振り返ります。

 富森家で始まった「風来」の催しには、村の人々達も一緒に加わるようになりました。やがて、廃校となった旧大森小学校を催しの拠点として、豊岡市から10年間の契約で借りることに。

 会場の拠点が、富森家から、学校へ移ると、村の人々が自らまつりを考え、実行委員会が立ち上がるほどの広がりを見せていきました。

 こうして旧大森小学校を拠点に、近隣の地区も参加する「三原谷の川の風まつり」(※1)という地域の催しへと育っていきました。

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 祭りが少しずつ大きくなっていくなか、旧大森小学校でも、給食室を食事処にすることを考え、群言堂の松場さんの提案で、テレビで紹介されていた山形県のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ、奥田政行さんに、打診することになりました。

「村の人たちにも、いま話題のシェフの料理を味わってもらいたい」

 多忙な方だけに、来ていただくのは難しいかもしれないと思っていましたが、奥田さんは、山形から豊岡にきてくださり、3日間にわたって祭りに出店。地元で採れた食材を生かした料理を、村の人々に振る舞いました。

 村に暮らす人たちには、外からやって来た料理人の新しい味を。遠方から訪れる人たちには、この土地に受け継がれてきた食材を。普段は交わることのない人と人、土地と文化が、ひとつの場所で結ばれていきました。

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こうして、富森家の古い家で始まった期間限定の展示は、少しずつ人を呼び込み、近隣の人々も加わる地域の大きな催しへと姿を変えていきました。

 2018年を最後に、「三原谷の川の風まつり」は活動を終え、拠点となっていた旧大森小学校も、耐震性の問題から、解体される運びとなりました。長年にわたって催しを支えてきた富森さんですから、その終わりは寂しさものだったと思います。

 けれども、どれほど多くの人を動かし、催しを大きく育てても、富森さんがそれを自分の功績として語ることはありません。活動を振り返るときも、「大変だった」という言葉を聞くことはほとんどありませんでした。富森さんが繰り返したのは、ただひと言。

「とにかく、楽しかったわ」

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 旧大森小学校のことを尋ねると、富森さんはこう話してくれました。

「祭りも2018年が最後になって、学校が解体されると聞いて残念に思ったけれど、今はドクターヘリにも利用される場所になっているのよ。それはそれで、よかったと思っているの」

 祭りの拠点だった学校は姿を消しました。それでも、その場所が新たな役割を得て、人の命を支えるために使われている。寂しさを口にしながらも「よかった」と話す富森さんの言葉が、心に残りました。

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 以前、私が「風来」で何度か催しを開いたときのことです。東京から大勢で訪れた際には、教えていただいたお店で、ご馳走をいただきました。明石のおいしいものや、立ち寄れる場所を次から次へと教えてくれる。せっかく訪ねてきてくれたのだから、この町で過ごす時間を、最後まで楽しんでほしい、そんな気持ちが伝わってきました。

 それは、単なる「世話好き」という言葉だけでは言い表せない、富森さんの優しさでした。人と人をつなぎ、訪れた人に明石の街を手渡してくれる。私も、その優しさを受け取った一人です。 

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 店はこれまで、器をはじめ、服や布、ガラスなど、実にさまざまな工芸品を紹介してきました。

「特に好きなもの、あるいは忘れられない一品(ひとしな)は?」

そう尋ねると、富森さんは笑いながら答えました。

「それが、よく聞かれるけど、これが一番いうものがないのよ。私の場合、作った人のことを知っているでしょう。だから、選べないのよ。その人あってのその作品っていうんか…」

 富森さんにとって作品は、ただ美しさや価値を比べて選ぶものではありません。一つひとつの作品の向こうには、作り手の顔があり、人柄があり、ともに重ねてきた時間があります。だからこそ、ひとつだけを選ぶことはできないのでしょう。

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 富森さんは、店を出た器が明石の料理店で使われていたことを嬉しそうに話します。

「運ばれてきた料理の器のうち、三つもうちの店のものだったのよ」
器は盛られて、そこで完成。それを見られることは嬉しいと目を細めます。

 店の前を通っていた子どもたちが、成長していく姿を見ることも、楽しみのひとつでした。先日は、幼いころから店の前を通っていたいた人が、閉店を聞いて庭の花を摘み、花束にして届けてくれたそうです。

「お友達になった漁師さんからも、『店、やめるん?』と声をかけられたわ」

 漁師さんからは、旬のお魚の美味しい食べ方を教わったこともあるそうです。すこし北の山の方へ行けば、神戸市の西側にあたり、お野菜作っている人もいる。「明石はね、本当に食べ物のおいしい町なのよ」と、富森さんは、うなずきながら語ります。

 「風来」が町に届けたのは、器や布だけではありません。富森さん自身もまた、土地の食や暮らしを知っていきました。品物を売る人と買う人という関係を越えて交わされた、一つひとつの言葉や心遣いが「風来」のおよそ30年という時間をつくってきたのでしょう。

 作家と作品を紹介し、人と人をつないできた「風来」。

『本のまち明石・食のまち明石・文化のまち明石』その思いは、風来で出会った人たちの活動にもつながっています。

 2026年8月28日(金)~30日(日)までの3日間。明石の出版社「ライツ社」の10周年とともに開かれた催しが風来で行われました。人々が集い、語り合い、特別に準備された明石の美味しいものを食す風景に、富森さんが長年育んできたものが、これから明石へ受け継がれていくのでしょう。

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 2年ほど前、2026年の催しを企画を考えていた時、富森さんの頭をよぎったのは「まだまだ大丈夫」という言葉だったそうです。けれども、それまで考えたことのない言葉がよぎり「しまい」について考えることになったそうです。2026年は開店から30年目。富森さん自身が77歳を迎える年です。「良い数字!」と笑います。

 まだ続けたい思いに後ろ髪を引かれながらも、「区切りのよいところで終えよう」と、閉店を決意しました。誰かに終わりを決められるのではなく、自ら選んだ節目で、およそ30年の歩みにきちんと区切りをつける。それも、富森さんらしい決断だったように思います。

 風来がなくなってしまうことは、やはり寂しく思います。たくさんの美味しい話と、街の話をしてくれた富森さん。明石で知り合った方々。私もまた明石を好きになった一人です。

 所用で姫路に向かうついでに立ち寄っていた明石。けれど、これからは明石を訪ねることそのものが、旅の目的になるかもしれません。まだ、食べたいものや、訪ねてみたいお店、歩いてみたい場所がいくつもあります。きっと、折に触れて、この街を訪れることでしょう。

 富森由美子さんは、明石に風の来る場所を作り、そこから多くの人へ、風を運んでくれました。  

正木未知子さん(風来スタッフ)からのメッセージ

 私は26年前、緊張しながら風来の扉を開けました。当時の私には「ギャラリーは大人の空間」という思いがあり、「素敵なお店だな。ちょっと勇気を出して、入ってみよう!」という気持ちだったのです。

 店主の由美子さんは、優しく明るく、たくさんお話をしてくださいました。そのことがとても嬉しかったのを覚えています。そして2度目に伺ったとき、なんと私のことを覚えていてくださったのです。これにはまた驚きました。同じような経験をされたお客様も、多いのではないでしょうか。

 由美子さんは、お客様一人ひとりに明るく声をかけ、言葉を交わします。そして「あの時にいらして、こんなお話をした方」と、多くのお客様のことを覚えているのです。お客様のことをメモにも残されていますが、そこには記録だけでは語れない、由美子さんらしい心配りを感じます。

 お客として訪れた風来で、のちにスタッフとして6年間お世話になりました。教えていただくことばかりの、幸せで貴重な時間でした。風来は私にとって、「お店」であると同時に、人と人の心が触れ合う出会いの場でもありました。

風来、最後の催し

 9月12日(土)には、フランス在住のサックス演奏者の仲野麻紀さんがコンサートを本松寺にご協力をいただき開催。定員100名のところ120名の来場者。翌13日(日)~21日(月)は、オープン当初からお世話になってきた、安土忠久(ガラス)×内田鋼一(陶芸)×神林学(造形)の三人展には、展示会初日には、入場整理のための事前予約が行われ、各地から多くの人が訪れた。最後10月に企画展「早川ユミ さいごの風来展 」10月17日(土)~25日(日)が予定されている。

富森由美子さん、これからのご予定は、

 「年内はお店を片付けて、年明け1月には、オーストラリアにいる娘のところに行って、ひと月のんびりしてくるわ。もう、切符も取ってるの」とのこと。「店が終わったら、やりたいことは一杯あるけど」と語る富森さんの目は、これからはじまる新しい時間を楽しみにするように、きらきらと輝いていました。

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聞き手・文 古賀るみこ(RMKK₊管理人)

※1)三原谷の川の風のまつりについて、本稿では、富森家「風来」に関連する催しを中心にご紹介しています。まつり全体の詳しい内容については「三原谷の川の風のまつり」でネットで検索しご覧ください。

【Journal・2026年11月号】
「ラオス、人とつないだ布」前島富子さん (ADDP会長)

【Journal・過去の記事】
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